三和ストーリー 02
職人技を、会社の
インフラへ。
人がもっと活きる仕組みを
つくる。
専務取締役
北山 尚之
2009年3月、同志社大学工学部エネルギー機械工学科を卒業。同年4月に機械メーカーへ入社し、2010年4月、株式会社三和金属工業へ入社。受託加工を担う第二製造課にて機械加工の現場経験を積み、2016年10月よりタイ工場へ赴任。現地での生産体制整備や工場運営に長年携わる。2024年11月、専務取締役に就任。現在は、日本・タイ両拠点の製造部門を統括するとともに、技術開発課長を兼任。「経験と勘」に「分析と理論」を加え、職人技や現場の知見を誰もが活かせる仕組みへ変えることで、人が力を発揮し、モノづくりをより楽しめる現場づくりに取り組んでいる。
SANWA'S STORY 02
Index
現場の一番下から始まった
私は23歳のときに三和金属工業へ入社しました。
当時の社長である現会長の息子であり、現社長の弟でもありますが、最初から役職を持って入社したわけではありません。配属されたのは、受託加工を担う第二製造課。柴田現製造部長のもとで、現場の一番下からのスタートでした。現場の先輩方は、私を「社長の息子」として特別扱いすることなく、一人の後輩として厳しく指導してくれました。周囲からすると、やりにくいところもあったと思います。それでも、属性に関係なく、現場の一員として向き合ってもらえたことには今でも感謝しています。
あの時代に、現場で汗をかきながら仕事を覚えたこと。
先輩方から、職人としての考え方や仕事への向き合い方を教えてもらったこと。
それが、今の自分の土台になっています。
そして同時に、現場で働く人たちへのリスペクトの源にもなっています。
「経験と勘」に、
「分析と理論」を加える
現場で働く中で強く感じたのは、当時のモノづくりには「経験」と、そこから培われる「勘」が大きな役割を果たしているということでした。
それ自体は、決して否定されるものではありません。長年の経験から生まれる判断や感覚には、確かに価値があります。職人として誇りを持ち、自分の仕事を磨き続ける姿勢にも、私は敬意を持っています。
一方で、それだけに頼りすぎると、会社としては限界があります。
その人にしかできない。
その人がいないと分からない。
新しく入った人が、同じ品質を再現できない。
そうなってしまうと、せっかく積み上げてきた技術や知見が、会社の財産として残っていきません。
だから私は、経験と勘に、分析と理論を加えたいと考えるようになりました。感覚的に行われていた仕事を、なぜそうしているのか、どうすれば再現できるのかまで分解する。そして、新しく入った人でも正しく理解し、同じ価値を再現できるようにする。その仕組みづくりこそが、自分の役割だと思うようになりました。
タイ工場で学んだ、
現場を動かす難しさ
もう1つ、自分にとって大きな経験になったのがタイ工場です。
三和金属工業は、グリスニップルの量産体制を整えるため、Sanwa Metal (Thailand) Co., Ltd.を設立しました。私は立ち上げメンバーの帰任後、2代目の駐在員としてタイ工場に赴任しました。現在も工場長を兼任しており、合計で10年ほどタイ工場に関わっています。
当時の私は、グリスニップルの製造設備や工程に深く携わった経験がありませんでした。
経験のない現場。
文化や言語の壁。
数十人の社員を率いる立場。
そして、立ち上げメンバーに恥じない工場運営をしなければならないというプレッシャー。
最初は、不安と焦りに翻弄されることもありました。
それでも、現場に足を運び、言葉を重ね、彼らの意見や事情に耳を傾けることを続けました。
そこで見えてきたのは、タイ工場のメンバーも本気で「より良い工場」にしたいと考えているということでした。ただ、その思いが一人ひとりの個別の行動として表れ、それぞれが自分なりのやり方で頑張っている状態でもありました。
品質を守るための工夫。
生産性を上げるための工夫。
現場を良くするための改善。
それぞれに意味はあるのですが、それが工場全体の共通ルールや仕組みとして積み上がっていない。そこに、私は日本本社で見てきた「個人の経験や勘で仕事を回している状況」と似たものを感じました。国や文化は違っても、課題の本質は同じです。個人の頑張りを、組織の力に変えていくこと。だからこそ、タイ工場でも必要なのは、共通の目標を言語化し、経験や意見を集め、組織として同じ方向に進める仕組みをつくることだと考えました。
当時のタイ工場に必要だったのは、本社への製品供給を安定させること。つまり、「安定生産」です。
この目標を共有し、現場の意見を集めながら、具体的な手段へ落とし込んでいきました。その結果、日本本社からのオーダーに安定して応えられる体制が整っていきました。
日本本社での下積みと、タイ工場での体制づくり。
この2つの経験が、今の私の「仕組み化」への考え方を形づくっています。
過去を否定せず、
理由を引き出す
現在は、日本では専務取締役として、タイでは副社長兼工場長として、日本とタイの製造部門を統括する立場にあります。また、生産技術や省力化・効率化を担う技術開発課の課長も兼任しています。技術開発課は、これまで三和金属工業になかった新しい技術や仕組みを取り入れていくための部署です。
その中で大切にしているのは、過去を否定しないことです。先人たちがやってきたことには、必ず理由があります。
なぜ、その設備がそこにあるのか。
なぜ、その工程になっているのか。
なぜ、その形状で作っているのか。
今ある設備や工程は、先人たちが試行錯誤してきた結果です。
だから、それを無下にしたいとは思いません。ただし、その理由が分からないままでは次の世代へ引き継ぐことができません。技術や知見は、放っておけば自然に継承されるものではありません。誰かが言語化し、整理し、教え伝えていく必要があります。過去を理解した上で、今必要な形へ進化させながら残していく。
それが、私の考える技術継承です。
職人技を、
形式知・組織知へ変える
例えば、私が入社する以前の話ですが、グリスニップルを作るための刃物を、職人が手作業で成形していました。
それを、刃物の形状を図面情報として整理し、工具メーカーへ依頼する形へ変えたことがあります。これにより、作業コストを下げるだけでなく、個人の技術に依存しすぎず、安定した品質で生産できるようになりました。
現場も、本来取り組むべき「生産」により集中できるようになりました。こうした改善の余地は、今の三和金属工業にはまだまだあります。今後さらに進めたいのは、製造過程で生み出されるノウハウを、製品や工程と紐づけて蓄積していくことです。
日々の現場には、たくさんの知見があります。しかし、それが個人の頭の中や、その場限りの会話で終わってしまえば、会社の財産にはなりません。それらをデータとして蓄積し、横断的に検索・参照できるようにする。いわば、三和金属工業の「製造ノウハウインフラ」を整備することです。
過去の知見に、誰もがアクセスできる。
必要なときに、必要な情報を引き出せる。
新しい人でも、過去の経験を活かして前へ進める。
そんな再現性のある環境をつくりたいと思っています。
「頑張る力点」を変える
三和金属工業では、受託加工事業の強化を進めています。
今後は新しいお客様が増え、新しい製品、新しい技術、新しい課題に向き合う場面も増えていくはずです。そのとき、従来のように経験や感覚だけに頼っていては、現場の負担が重くなるばかりです。だからこそ、仕組み化が必要です。経験を分析し、理論で解像度を上げ、作業を標準化・効率化する。
同じ品質、あるいはそれ以上の品質を保ちながら、作業の負担を下げる。
そうすることで、新しいことに挑戦するための余白が生まれます。
私が変えたいのは、この「頑張る力点」です。
ただ長く働く。
ただ気合いで乗り切る。
誰か一人の能力に頼る。
そうではなく、仕組みで再現性を高め、人が本当に力を使うべきところに力を使えるようにしたい。
私は、モノづくりは本来もっとワクワクできるものだと思っています。もちろん、技術を身につけるには努力が必要です。簡単な仕事ではありません。ただ、その努力が解像度の低い経験を手探りで受け継ぐことだけに費やされてしまうのは、少しもったいない。過去の経験を整理し、誰もが使える形にすることで、新しく入ってきた人はその土台の上からスタートできます。
そして、その人たちがまた新しい経験を重ね、さらに次のノウハウを積み上げていく。
そうやって、三和金属工業のモノづくりは発展していくのだと思います。
仕組み化や効率化は、単に品質や生産効率を上げるためだけのものではありません。
生まれた余白で、これまで取り組めなかった新しい領域へ挑戦するためのものです。
「どうすればもっと良くできるか」
「次は何に挑戦できるか」
そう考えられる現場をつくること。
三和金属工業が「より欲張りに」次の価値を取りにいくためにも、現場の余白をつくることが必要だと考えています。
誰もが力を発揮し、
モノづくりを楽しめる現場へ
昔は自分が「現場のナンバーワンになりたい」と思っていた時期もありました。皆から頼りにされ、困ったときに助けを求められる存在。いわば、スーパーマンのような人になりたかったのだと思います。
でも、今は視座が変わりました。
大切なのは、誰か一人の能力に依存しすぎないことです。もちろん優れた技術を持つ人は必要です。しかしその人がいなければ回らない現場では、会社として強くなれません。今の私が目指しているのは、自分が積極的に介入しなくても、安定して結果が出る仕組みをつくることです。ただし、それは人の力を小さくするという意味ではありません。むしろ仕組みがあるからこそ、一人ひとりが自分の力を発揮しやすくなるのだと思っています。
基礎となる情報やノウハウが整理されていれば、人はもっと前向きに考えられます。
「まず覚えるだけ」で精一杯になるのではなく、「ここからどう良くするか」を考えられる。
その方が、モノづくりはずっと面白くなるはずです。誰か一人のスーパーマンに頼るのではなく、誰もが力を発揮し、次の改善や挑戦を楽しめる現場をつくる。
その方が、会社としても、働く人にとっても、ずっと強い状態だと思っています。
「脱・属人化」と
「人を大切にすること」は
両立する
「人に依存しない仕組みをつくる」と言うと、人を軽く見ているように聞こえるかもしれません。
でも、私の考えはむしろ逆です。人を大切にしたいからこそ、仕組みが必要だと思っています。変化への対応を、個人の努力や気合いに丸投げしてしまえば、現場は疲弊します。できる人に仕事が集中し、できない人は置いていかれる。それでは、組織として長く続いていきません。だからこそ、みんなが同じ方向を向いて歩めるように、地図を描き、道筋を整える必要があります。
社長が会社の方針、つまり「地図」を示す。
私がそれを現場で具体化し、「道筋」をつくる。
それが、自分の役割だと考えています。どれほど自動化やデータ化が進んでも、最後に価値を生むのは人です。現場で考え、工夫し、改善し、仲間と一緒に前へ進む人がいるからこそ、会社は成長できます。
脱・属人化とは、人を不要にすることではありません。人がもっと活きるための土台をつくることです。
誰か一人に頼りきるのではなく、誰もが力を発揮できる。
仕組みがあるから、新しいことに挑戦できる。
そして、モノづくりをもっと面白いものにできる。
過去の経験を受け継ぎながら、今いる人たちが新しい経験を重ねていく。
そうやって、三和金属工業のモノづくりを次の段階へ進めていきたい。
そんな会社にしていきたいと考えています。